風吹かば倒るの記 /今井宏

アクセスカウンタ

help リーダーに追加 RSS Mon 090112 松任谷由実「NO SIDE」から25年 ラグビー人気はなぜ復活しないか

<<   作成日時 : 2009/01/15 11:04   >>

トラックバック 0 / コメント 0

 1月10日は、午後から国立競技場に出かけて、ラグビー大学選手権の決勝を見た。朝からの冷たい風がますます強まって、群馬の方から、山々を越えた雪雲の断片がどんどん流れてくる天候。試合にも強風の影響があるだろうが、客足にもそれなりの影響があるだろう。ラグビーの人気はサッカーJリーグが始まった1990年代から下降気味。昔ならゴールデンチケットと呼ばれていた対抗戦の早稲田vs明治戦でさえ2万人程度しか集まらない。20年前なら5万人以上のファンが詰めかけて、国立競技場が満員締め切りになるほどだったのだ。と言っている自分自身、早明戦はテレビでの観戦で済ませたのだった。この決勝戦にしても、インターネットでS席のチケットが手に入ったから渋々出かけてきたものの、つい2〜3日前までは「まあ、いいだろう。テレビでのんびり」と考えていた。NHKでもいいし、CSのJ-SPORTSでもいいのだ。
 しかし、早稲田と東大で写真を何枚か撮り、浅野屋で蕎麦を食い熱燗を飲んだ後だから、それなりに元気も出た。タクシーで本郷から千駄ヶ谷に向かい、寒風の中、熱い日本酒を3カップ購入してS席に入る。S席とはいっても、スタンドのずっと上の方である。4500円もしたのに、あまり高級な席ではない。
 周囲を見回すと、とにかく年齢層が高い。50代60代ばっかり、中高年の同窓会みたいである。大学生ぐらいの年齢の人間はほとんど見かけないから、「あ、今井だ」「ヤバくない?」という騒ぎにはならなくて済む。まず、4500円が影響しているだろう。大学生なら、向こう側の自由席1500円にしたほうがいいに決まっている。自由席の方が西日を正面からいっぱいに浴びて、見るからに暖かそうである。こちら側は、日が全く当たらなくて、とにかく寒い。寒さのあまり、前半が終わるまでに、購入した日本酒3カップが全てなくなっていた。仕方がないから、試合後半にもう1カップ買って飲んだ。浅野屋から数えると、既に日本酒5合を飲み干したことになるが、それでも十分寒い。
 しかし、こういう中高年同窓会の状況は、やはりラグビー人気の下降が主な原因だろう。松任谷由実の「NO SIDE」はもう25年も前である。松任谷由実自体、あくまで世代として見れば既に立派な中高年世代なのではないだろうか(まあ、遠慮)。伏見工業高校の再生を描いた「スクールウォーズ」だって25年前。伏見工はもうすでに押しも押されもせぬ名門に成長して、むしろ京都の中でも新鋭の京都成章に追いつき追い越される立場に回ってしまった。早稲田は清宮監督の築いた黄金期をほぼ終えようとしているが、それより一つ前の早稲田黄金期がラグビー人気の絶頂。今泉と堀越と清宮(選手時代)の早稲田が社会人チーム(東芝府中)を撃破して日本一になったのが絶頂で、社会人チームに外国人選手が目立ち始めた頃から人気は一気に低落傾向になった。
 外国人選手が数人入ると、そのことだけで圧倒的に有利になる構造が1つ目の問題点。ニュージーランド・オーストラリア・トンガ・フィジーなどからお手軽に巨漢外国人を2〜3人調達すれば、あっというまに「強豪に仲間入り」できるのでは、見る方がシラケてしまう。社会人vs学生の試合がほとんど意味をなさなくなったあたりから、競技場に足を運ぶ人が激減した事実を、協会側ももっと真剣に考えて、外国人選手の参加についてもう少し制限を加えないと、人気の低落は止まらないだろう。
 だから、この大学選手権についても、心配な点はまずそこにあった。早稲田だって選手の集め方に似たような部分がないことはないが、外国人の導入には慎重な姿勢をまだなくしてはいない。準決勝であたった東海大学にはリーチなど日本代表クラスの強力な外国人選手が2人含まれていたし、決勝の帝京大学もFWの主力はボンドとツイの外国人2名。2人が屋台骨になって、日本人選手は彼らの支える屋根の下で思いっきりプレイできるという構造である。

       (早稲田vs帝京大。国立競技場S席からの眺め)

 「留学生」という存在は、高校駅伝でも高校バスケでも高校ラグビーでも大学駅伝でも、「要するにセミプロを連れてきた」だけだということがどうしようもなくわかってしまうほどに実力の差が歴然としてしまうものだが、マスコミの報道には全く批判が感じられない。大学駅伝の「花の2区」で「20人抜き」の離れ業を演じたアフリカ人の選手の走りなんか、日本人のトップランナーでも全く相手にならないような、力強いというより、むしろ容赦のない走りだった。
 彼らを「留学生」と称して出場させるのは、まあ大学側の方針だから仕方がない。留学生が何かを勉強しに日本にやってきて、その上でその部にも所属するというのなら、留学生だからと言って大会に出場させないのはおかしいし、それでは国際的に開かれた大学とは呼べない。しかし、留学生なら留学生で、今の日本の留学生の大半を占めているはずの中国人や韓国人が、スポーツの世界にはほとんど姿を見せない(バスケの長身選手、身長2m以上、というのは除く)のは何故なのか。もちろんその答えは誰でもわかっているのだが、だからこそ「国際化」の名の下に無批判に留学生選手なるものを受け入れてはならないような気がする。
 サッカーと比較した場合のルールの複雑さも、もちろんラグビーの人気が下降気味になっている原因の一つである。この場合のルールには、観客の側のルールも含まれている。サッカーみたいに、観客が相手チームの選手に罵声を浴びせることは許されていないし、野球みたいに太鼓やラッパを吹き鳴らしてコンバットマーチを演奏しながら応援することも許されていない。相手チームのPKの時にサポーターが皆で旗を振り、ブーイングなり「外せ、外せ」の大合唱なりでプレッシャーを与えることや、1時間半の試合中ずっと皆で肩を組みピョンピョン跳ねながらスティングのテーマを大合唱することも、サッカーとは違って許されてはいない。
 この意味で、東海大学や帝京大学のラグビーの応援の仕方(応援団の組織の仕方)について、協会から少し指導があるべきなのではないかと感じた。スタンドの一画を応援団で占拠して、集団で大合唱するタイプの応援は、本来ラグビーに馴染まない。このままだと、近い将来、太鼓やラッパなどの鳴りものまで登場しそうで心配である。もちろん、国立競技場のほとんどが早稲田ファンで占められている圧倒的に不利な状況を斟酌する必要はあるが、落ち着いて静かに互いの好プレイを堪能するというのが、ラグビーの正しい見方であるはずだ。

           (真っ赤な帝京大応援団)

 こういう痩せ我慢の紳士気取りで、相手チームの好プレイにも喝采したりしなければならない観客のルールも、高校生や大学生ぐらいの子供たちに今一つ人気の出ない理由かもしれない。選手だって、納得のいかないイェローカードをもらってシンビンというときでも、大袈裟に両手を広げて観客に不満をアピール、という子供っぽい下品な行動をとることは許されない。キャプテンが審判に1回質問できるだけで、しかも質問して判定が覆ることなんか決してありえない。こういう痩せ我慢こそラグビーの素晴らしさなのだが、協会側はもっと努力して子供たちにそういうことを伝えていくべきである。
 こういう意味で、決勝の早稲田vs帝京戦でのレフェリーは非常に優れていた。帝京からはシンビンで2名、早稲田もフッカー有田がシンビンで一時退場になったのであるが、3人とも「同じ反則の繰り返し」という理由が明確にされ、しかも早い段階で躊躇なく一時退場が告げられた。新聞各社の記事を見ると「シンビンが多かったのは可哀想」というニュアンスでの論評が多かったが、実際には、決然とした、素晴らしい判定だったと思う。
 これまでのシンビンは、たとえ「同じ反則の繰り返し」という理由であっても、試合の大勢が決した後でのシンビンが多くて、「それなら、どんどん反則した方がお得」の感があったのである。特に密集戦の中で、オフサイドなりハンドなり反則ギリギリのきわどいプレーを連発して、そのことで試合を有利に進め、後半残り10分ぐらいになって20点差をつけたあたりで、我慢に我慢を重ねた審判がやっとのことで1人の選手をシンビンにする、そういうのが多すぎた。そんなシンビンでは、マジメにバカ正直にフェアプレイを貫いてきた対戦相手が、残された10分で逆転するのは不可能である。そういう前提で同じ反則を繰り返して、試合を有利に運ぼうというチームがないこともないのだ。今回の決勝のレフェリーイングは、ロスタイムの取り方(残りワンプレーの段階で競技場にホーンが鳴るというスッキリした方式)とともに、今後の模範になることと思う。

月別リンク